鬱と手帳と私①
手帳の話をしようと思う。
私は10年ほど前の職場で過労と各種ハラスメントで適応障害と鬱になった。当時からずっと、今も手帳やいろんな記録で自分の体と心と脳みその主導権を取り戻している最中。最近はカウンセリングにも通っていて、その内容も手帳に記録してる。
そうなった具体的な原因とか環境は置いておいて、適応障害と鬱になって1番辛いのは、思考や体を自分でコントロールできないこと。
考えたくもない、思い出す必要のないことが延々と頭の中で繰り返される。
一度フラッシュバックや被害妄想が始まると頭の中も心(感情)も暴走してしまうし、何時間もベッドの上で動けなくなるし、横になって休んでるだけなのに急に心臓がバックンバックン騒ぐし、体の中の奥の方(内臓?)が痛くて呼吸ができなくなるし、遠くのどこかで自分は「やめよう」「大丈夫だ」と思ってるのに体は動かないし脳みそは止まらない。
この体も心も脳みそも私のものなのに、まるで他人にジャックされたみたい。
悲しい刺激も嬉しい刺激も私をオーバーヒートさせて、バグったまま何のボタンも動かない機械みたいだった。脳の興奮を抑えられないから眠れない、思考も止められない、自力で止める方法がないから睡眠導入剤で眠ることで無理やり電源を落とす日々がずいぶん続いた。(今でもたまにジャックされることはあるけど、ジャックしているのも他でもない私自身なんだと最近気付いた)
食事が摂れないことが怖かったし、眠れないのも怖かった。でも1番怖くて嫌だったのは、自分の思考と体を自分で制御できないことだった。
どんなに疲れてても、眠ろうと思っても眠れない。脳みそがオーバーヒートして、クールダウンさせる方法も電源を切る方法もわからない。体力と気力が枯渇しすぎていて、今日なにができるかわからない。寝返りを数回うっただけで力尽きる日もあった。丸一日以上飲まず食わずで低血糖で吐き気がして、なんとか起き上がって水分を摂って、その流れでトイレにいって、そこで限界がきて結局食事は摂れなくて飴を舐めて終わる日もあった。人と会う予定がある日は数日前から睡眠時間を整えて日中動けるようにしないといけない。当日はスイッチが入るから『普通』に動けるけど、スイッチの切り方がわからないので睡眠導入剤の量は通常の2倍必要になるし、それでも眠れなかったら追加で頓服薬も。そして翌日から何日寝込めば起き上がれるまで回復するかわからない。
自分の体なのに、体力ゲージも、できることも、できないことも、何ひとつわからないし、コントロールできない。
『何もわからない。自分の体なのに自分のものじゃないみたい。完全に主導権がない感覚』これが1番怖かった。マジで怖かった。『できない』より『わからない』が1番キツかった。
どうにかして脳みそと体と生活の主導権を取り戻したかった。
毎日食事が摂れなくても、歯磨きができなくても、人と会う時以外に何日シャワーを浴びていなくても、そんなのは、今は仕方ない。できなくてもいい。できないのは全然問題じゃない。
今の、その時の自分が『できること』『できないこと』『回復にどれくらい時間が必要か』を把握して、理解したかった。だから手帳に記録を取ることにした。
この『記録を取る』方法が私には性に合っていたみたいで、回復にかなり役立ったと思っている。
記録することが性に合わない人や余計にストレスやプレッシャーになってしんどい人、記録を見返して落ち込んだり自分を責めがちな人には向かないかも。向かないことを無理にする必要は全然なくて、それぞれ自分にあった方法を選べばいいし、何も選ばなくたっていい。
私はたまたま手帳や記録(いわゆるジャーナリングやログ)が合ってたんだと思う。自分に合ったツールと巡りあえると、生きることがほんの少し楽になる。HPの減りがほんの少し緩やかになって、生き延びやすくなる。私と同じで生活や自分を取り戻す手段として手帳や記録が有効な人もいると思うから、どんなかんじかシェアしようと思う。
長くなるので、少しずつ小出しに書いていく。当時の手帳を見返して懐かしくなって筆がのることもあれば、しんどくなって寝込むこともあるかもしれないので、本当に気長に書くつもり。
今回は導入のような短めの軽い文章で終わるつもりだったけど、当時の様子を書いてたら読む人によってはしんどい内容になったかも。次回は閑話休題で、最初に手帳を使い始めた学生時代の話にする。
つづく。またね。
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